経済学部生のための基礎知識300題 ver.2 page 112/308
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基礎知識300歴史から学ぶ経済学# 105ペリー来航の背景2/日本経済史1853年にペリーが来航した時に、通過した地点を次の中から選びなさい。a.ハワイ諸島b.スエズ運河c.ロンドンd.ケープタウンe.パナマ運河【解説】□解....
基礎知識300歴史から学ぶ経済学# 105ペリー来航の背景2/日本経済史1853年にペリーが来航した時に、通過した地点を次の中から選びなさい。a.ハワイ諸島b.スエズ運河c.ロンドンd.ケープタウンe.パナマ運河【解説】□解説ビデオクリップペリーは、1852年アメリカ合衆国東部のノーフォーク軍港を出航し、大西洋を渡りアフリカ南端(ケープタウン)をまわってインド洋から香港に到着し、琉球を経由して日本にやって来た。香港まで137日かかっている。当時、P&O(ペニスラー・アンド・オリエンタル)社の定期航路はスエズを陸路で通過するルートで、ロンドンと香港の間を54日で結んでいた。これに対して、メキシコ戦争によってカリフォルニアを領有したアメリカは、その後のゴールド・ラッシュもあって、太平洋航路の開設に目覚めたのである。ペリーが持参したフィルモア大統領の国書には、「蒸気船を利用すればアメリカ西海岸から日本まで18日で来られる」と記していた。そのためには、蒸気船の燃料である石炭の補給地が必要となった。格好の補給地であったハワイが、すでに1843年にイギリスの保護国となっていたことに示されるように、イギリスとアメリカは蒸気船での太平洋横断航路開設をめぐって激しい競争を繰り広げていた。参考文献:石井寛治『大系日本の歴史⑫開国と維新』小学館ライブラリー,1993年加藤祐三『黒船異変』岩波新書,1988年? #277【関連問題】年月日1.ペリーが持参したアメリカ合衆国大統領の親書であるが、当時の大統領は誰であるか。2.ペリー来航当時、油の原料として乱獲されていた海洋動物は何か。