経済学部生のための基礎知識300題 ver.2

経済学部生のための基礎知識300題 ver.2 page 114/308

電子ブックを開く

このページは 経済学部生のための基礎知識300題 ver.2 の電子ブックに掲載されている114ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「電子ブックを開く」をクリックすると今すぐ対象ページへ移動します。

概要:
基礎知識300歴史から学ぶ経済学# 107薩長同盟/日本経済史幕末の薩長同盟締結の直接の要因として挙げられるものを次の中から選びなさい。a.ペリー来航b.日米修好通商条約の締結c.高輪東禅寺のイギリス公使館の襲撃事....

基礎知識300歴史から学ぶ経済学# 107薩長同盟/日本経済史幕末の薩長同盟締結の直接の要因として挙げられるものを次の中から選びなさい。a.ペリー来航b.日米修好通商条約の締結c.高輪東禅寺のイギリス公使館の襲撃事件d.四国連合艦隊の下関砲撃e.フランス公使ロッシュによる、イギリス・アメリカ・オランダとの厳正中立と密輸禁止の申し合わせ【解説】□解説ビデオクリップ1864年の蛤御門の変と四国連合艦隊への全面降伏によって、長州藩は「俗論」派の支配となり尊攘派の高杉晋作は藩内から脱出する。高杉晋作は軍事クーデターによって再び長州藩の藩論を握ることになるが、このときに依拠したのが正規の藩兵とは別の士分・農民・町民各層から募集した奇兵隊などの諸隊であった。藩の政権を握った高杉晋作などの尊王攘夷派は、「武備恭順」の方針を採用する。こうした動向に対して、幕府が実行した1866年の第二次征長の役によって長州藩は存亡の危機にたたされたのである。しかし長州藩は「武備恭順」路線の下、大村益次郎の軍制改革によって強力な軍隊を作り上げていた。薩摩藩と長州藩の接近はフランス・ロッシュの画策による密輸禁止、諸外国による局外中立の申し合わせによって窮地に陥った長州藩に対して、薩摩藩が長州藩のために自分名義で武器・艦船を購入したことが決定的であった。坂本龍馬と中岡慎太郎の周旋による薩長同盟の締結が実現したものであった。長州藩と薩摩藩は「倒幕派」へと大きく前進する。参考文献:石井寛治『大系日本の歴史⑫開国と維新』小学館ライブラリー, 1993年【関連問題】年月日1.坂本龍馬が長崎で1865年に結成した浪士結社・貿易結社・商社は何か。2.土佐藩により坂本龍馬の脱藩が許された後、その社はどのような名称に変わったか。