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Y.博覧会の開催と地域社会への責任
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木村光伸(名古屋学院大学経済学部) |
2005年日本国際博覧会の会場計画をめぐる混乱は、ひとつの「鳥の巣」の出現をめぐって博覧会そのものの真意を再度議論の俎上に載せることとなった。「新しい地球創造:自然の叡智」というテーマを誰がどのような意図をもって提唱したのか。われわれはこのBIEのオーソライズした博覧会の原点とも言える理念そのものを、今一度根底から評価し直すことを迫られている。 2005年の博覧会開催(いわゆる愛知万博)が構想されたのは、なにも環境を云々したいからであったわけでないことは、この間の誘致活動における博覧会のテーマがたどった軌跡を見れば明らかであろう。だからといって「共生」がとってつけたテーマであり、そのような意見が無意味であるといっているわけではない。むしろ誘致活動の長い道程で自然保護の立場と交錯した結果の産物として「共生」観が生じたのであるとすれば、それはそれですばらしいことであり、われわれがずっと主張してきたように、議論の中で博覧会はすでに始まっていたのである。そのようにして生じた博覧会の理念が、海上の森を対象とした会場計画に集約されてきたのであると理解することは、大筋において間違いではなかったと思われる。にもかかわらず、なぜ今、オオタカが計画を大きく揺るがせるのであろうか。そこにわれわれは計画それ自体の持つ「共生」観の曖昧さ・不徹底さを感じとるのである。いわばオオタカひとつで揺れ動くような「共生」観への不信であるといっても良いかも知れない。 オオタカの営巣はたしかに会場計画全体に大きな変更を迫るものであろう。正確な位置が公表されない事情下で変更案を検討することは容易ではない。しかしオオタカとの共存を計る方法を安直に決定して良いはずがない。県や博覧会協会によって今検討されているらしい方法はオオタカと人間活動の分断である。それは希少種の保護という点では安全かつ確実な方策であるに違いなく、一般的には間違いなく優れた反応なのであろう。だがそれでは「海上の森」のオオタカはひとまず保護されたとしても「さとやま」問題が一歩前進したことにはならない。それどころか「人を遠ざけること」をもって「保護」となすという論理を、ひとと自然の間の折り合いの原点に置くという過ちを犯すことになるだろう。ここでわれわれがいいたいのは、なにもオオタカの営巣を無視せよ、ということではない。オオタカがすむ里山が私たちの生活圏と境を接して存在し、そのことを自覚するが故に「自然の叡智」に対するひとの安易なアプローチを戒める、という構図がわれわれの自然観に定着することを重視したいというのである。ひとは近代化の過程で自然に対しておこなった自らの過ちを清算するために、ますます自虐的に自然から自らを遠ざけてきた。しかしそれは人類自体をさらに自然から疎外させる結果を生じさせたに過ぎない。それはひとと自然とを対立項と見なすことと本質的には変わらない。博覧会が「新しい地球創造:自然の叡智」を掲げて進むのは、そのような視点に新しい転回点を見いだすことではなかったのか。博覧会そのものを放棄するのでない限り、その意図は堅持されなければならない。 オオタカ問題が会場縮小や分散開催といった流れを簡単に構築したのはなぜであろうか。残念ながらそこにわれわれは計画自体の曖昧さ、強いて言えば自ら設定したテーマを十分には理解してこなかった開催主体の姿を垣間見る。県や協会は今こそ「新しい地球創造:自然の叡智」を掲げた重みを思い出すべきであろう。いつまでも入場者数や跡地利用に振り回されてはならない。もともと跡地利用とのセット企画から出発してしまった愛知万博であるから、どうしてもその部分を切り離すことは困難なのかも知れない。だが、これから構想される新しい博覧会は、あの忌まわしい「都市博」が開催中止という英断とともに放棄したパビリオン主義を克服したものでなければならない。会場予定地の本当の価値をよく知らない都会のアイディアマンたちが創った計画が海上の森のサイズに合わないのは当然なのかも知れない。サイズが合わなければ海上の森にあった計画にすべきであろう。 (1) 博覧会の目的は掲げたテーマを次世代の思想の中心へと据えることにある。過去の博覧会は、ずっとそのように構想されてきた。 (2) 今回のテーマは「新しい地球創造:自然の叡智」である。この解りづらいテーマを一言で「共生」というのは、ひょっとしたら正しくないのかも知れない。本当は「新しい共生観の創出――日本からの発信――」というべきなのではないだろうか。そのように考えれば、海上の森の破壊を最小限に止めたイベントは十分に可能なのではないか。 (3) 新しい「共生」を模索することでしか保全できない「海上の森」では、当然それ以後の開発計画の凍結が計られなければならない。共生を目指す博覧会の開催すら危ぶまれることを自ら認めた関係機関が、新住宅市街地開発事業を含む新たな開発計画と 海上の森の保全が整合するとはいえるはずがない。敢えて強行するとすれば、自ら博覧会の理念の否定者とならざるを得ないからである。 (4) 安易に代替地を求めるべきではない。空き地で開催できるような博覧会であれば、「海上の森」に拘ることによりテーマを練り上げてきたすべての過程を否定すること になる。すでに述べたように、博覧会誘致の出発点で誤っていた理念・目的を乗り越えたのはなぜだったのかを思い起こすべきである。反対派に迎合する方便でなかったのなら。 (5) オオタカ問題を避けるためだけに考え出された分散会場による開催は、思想的敗退でしかない。閉ざされた空間でしか開催できないとする考え方自体が、新しい博覧会の構想を疎外する。 (6) 自然理解をきちんと地域と結合させた新しい博覧会はオープン・エリア・エクスポジションでなければならない。 ここでいうオープン・エリア・エクスポジションとは単に多会場同時開催ということではない。自然が地域と一体のものである以上、地域のすべてで自然を表現する必要がある。 |
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Z.1999年度活動報告 |
プロジェクト研究代表 小林甲一 |
1998年3月に名古屋学院大学総合研究所(旧称:産業科学研究所)のEXPO2005プロジェクト研究が活動を開始して以来、2年あまりの歳月が経った。このプロジェクト研究も、第2段階の2年目に入り、博覧会をめぐる情勢の変化や地域の動向を見極めつつではあるが、概ね計画していた研究テーマに沿って着実な調査研究活動を続けている。とりわけ、この年度は、公開ワークショップの開催とアンケート調査の実施を重点的ににおこなった。1999年度の主要な活動内容は、以下のとおりである。 1.主な調査研究活動 2.公開ワークショップの開催 場 所(3回とも):せとしんエンゼルホール 3.夏のワークショップ(プロジェクト研究内) 4. NGU EXPO2005 研究
創刊号(研究報告書第1号)の刊行(1999年5月) 目 次 5.その他 *対外活動 おわりに |
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