特集:新世紀への展望

新世紀における高齢化・少子化の展望





野村益夫(のむら ますお)


[経済学部教授・計量経済学]



 私は、大学の経済学部専門教育科目のゼミナールで、ゼミ学生の卒業論文の作成に関わってきた。ゼミ学生は、経済に関するものから、自由に卒業論文のテーマを決めた。学生自身が興味を感じるものとしては、(1)経済の情報化(電子マネー等)、(2)経済の国際化(貿易摩擦等)、(3)環境問題(地球環境や廃棄物・リサイクル等)、(4)高齢化社会における年金・医療問題、等がある。環境問題や高齢化に関する問題は、学生自身が極めて身近に感じているものである。最近スクールバスに乗っているとき、学生達が年金の話をしていて、自分たち若い人は年金の保険料を払わされるだけで、自分たちは年金を受け取ることができないということを話していた。また、大学・短大では、少子化の影響が顕著に現れてきており、入学者の定員割れが発生している。高齢化は人口における高齢者の割合が増加することを意味し、少子化は人口における子供の割合が減少することを意味している。そこで、新世紀における高齢化・少子化について考えることにする。

 高齢化・少子化の進展により、年金・医療制度で懸念されることについて考える。65歳以上の老年人口は、2025年には27.4%に達すると予想されている。2025年には、高齢者の人口が子供の人口より多いことになる。年金については、年金の保険料を支払う人口が減少して、年金給付を受け取る人口が増加することになる。今の制度を維持するためには、現役世代が支払う保険料を大幅に引き上げなければならない。あるいは、消費税を大幅に増税しなければならない。国民年金の保険料を負担しない人の割合が全体の1/3程度あり、国民年金の制度が空洞化している。それで、基礎年金については消費税を充当すれば良いという考え方が国政レベルで議論されている。医療に目を転ずれば、現在でも医療費に占める70歳以上の高齢者医療費が巨額になっており、将来には医療の保険料の負担が大きくなると予想されている。学生を含む若い世代や現役世代は、将来の高い社会保険料負担や消費税の増税を予想しており、新世紀に対して漠然とした不安感を感じている。

 高齢化・少子化の社会において希望となることについて考える。住宅や道路・空港等の社会資本に関してはかなりの蓄積が進んでいる。ここでは、住宅の取得について予想してみる。商業地や住宅地の地価は、戦後から1991年まで物価や賃金の上昇率以上に暴騰したが、1991年以降下がり続けている。1970年代の前半までは、人口が農村から都市に流入したことが地価高騰の原因になった。その後から1991年までは地価の上昇トレンドが続き、特に1980年代後半では地価にバブルが発生した。今現在高齢者の持ち家比率は高い。ところが、少子化の進展は、世帯の家族構成が変化しなければ、将来住宅を購入する世帯が減少することを意味する。将来住宅を購入する世代は、夫婦でそれぞれの両親から2つの住宅を相続する可能性さえある。新世紀において住宅の供給よりも住宅の需要が減少すると予想されるなら、土地が世帯年収と比較して購入し易くなる可能性が高い。土地を相続できない世帯も、現在と比較すると住宅購入の経済負担が軽くなるのではないかと思う。

 新世紀の高齢化・少子化が進行する社会で、懸念されることと希望について考えてきた。国は、この問題の解決策として、高齢者の雇用の促進、女性労働比率の上昇等を通して対応するであろう。現在予想されている将来の高齢・少子社会は、日本の歴史で初めて経験することであり、その対策を歴史から学ぶことは困難である。しかし、急速に高齢化・少子化が進展することで日本で長年に渡って形成された制度・習慣が機能しなくなることになり、日本社会全体が変化の激しい世界になる。例えば、ここ数年における大学・短大の経験は、従来の予想を超えて大学・短大の変革を求めている。さらに、大学・短大は、企業と同様に、高齢化に対応しなければならない。現在の新卒者の就職状況は大変厳しい。変化の激しい社会では、若い世代はやり甲斐のある仕事に就ける可能性が高い。新世紀における高齢化・少子化の問題については、年金・医療や企業の退職金制度等における悪い点が強調されるが、この問題のプラス面に着目することも重要である。

図書館報「α」 Vol.11 No.2 目次にもどる