特集:新世紀への展望

グローバリズムに思う





中村義寿(なかむら よしひさ)


[商学部教授・経営学]



 21世紀もいよいよ秒読みとなってきたが昨今、情報技術をはじめとする革新的技術の成果が豊かな新世紀を約束するとの明るい、楽観的な主張も多い。その一方でこのところ、日本経済の再生のために、そしてまたこれからの本格的国際化時代をにらんで市場競争原理に基づく経済のグローバル化の重要性を説く声が高まっている。ビジネスの自由や個人の能力の発揮を求める大企業やベンチャー企業の声がそこには大きく反映していると思われる。が、この市場至上主義の考え方は基本的に、資源も豊富で、個人主義的民主主義が根づく合理的な考え方の国・アメリカ発の思想であり、その歴史も文化も異なる我国にこれを無批判的に取り入れることは問題であるといわねばならない。

資源がなく、欧米型の民主主義や合理主義とは違った道をとってきた我国にとって、この考え方は結局のところ、人間本位の社会ではなく、効率性や生産性優位の弱肉強食の無機質社会を志向したものとならざるをえないのではないか。「規制緩和」とともに、グローバル化による日本再生のキーワードともされる「自己責任」も心地よい響きを持った言葉ではあるが、これとて結局は一部の勝組の人たちの「言い訳」になってしまい、そうでない多くの人たちには日々厳しい環境の中で暮らすことを強いる、冷たい社会を生む恐れすらあるのである。また、グローバル市場での競争倫理も競争の公正と情報の透明性ということに集約され、このルールのもと、マネーゲーム的にもっぱら利潤追求に志向した「経済人」が生まれ、倫理的人間は必要なしということにもなりかねない。

 要は、変えるべきは変え、残すべきは残すというバランスの問題であろう。確かに戦後の日本がさまざまな局面で制度疲労をおこしていることは事実である。また、これが長引く景気低迷の原因のひとつとなっていることも事実であろう。そして今日、人々はその拠り所や進むべき方向を見失ったまま自信を喪失し、この悲観的ムードがまた心理的に景気回復に水をさす結果ともなっている。したがって、いわゆる日本的経営についても、時代の流れとともに変わるべきところは変わらねばならない。大企業を再生し、ベンチャー企業を立ち上げることも重要である。これらは日本経済の再建のための前提でもある。ただ、変革を急ぐあまり「角をためて牛を殺す」ようなことになってはならないということである。戦後築き上げてきた経済大国、その基礎となった日本的経営の長所までも、このグローバリズムの風潮のもとに捨て去ってしまってはならない。

 この意味で、日本人独特の「和」の精神に基づくチームワーク、人間中心の共同体経営などを再確認することは重要である。そして、アメリカ型でもないヨーロッパ型でもない第三の道として、「人間の顔をした市場経済」づくりに志向するとともに、それを世界にアピールしていくことは21世紀国際社会の中での日本の使命・役割の一つといえるであろう。戦後、日本人は経済的豊かさに執着して、エコノミック・アニマルと海外から揶揄された時代もあった。しかし、日本的経営が本来、資本の論理、経済の論理ではなく人間の論理を優先させる考え方に基づいたものであったことを忘れてはならない。安い、良質の製品・サービスを提供するだけではなく、リストラを回避し、従業員の雇用や生活を保障することも企業の重要な使命であるという考え方が日本人の伝統的企業観の中にはあった。「企業は人なり」といわれるが、企業の発展が人間次第であることは今日の内外の経営学の諸文献をみても明らかである。この意味で、日本的経営は普遍的要素をもったものであり、まさに「グローバル・スタンダード」たりうるものである。技術はもとより経済そして企業は本来、それ自体決して目的たるの地位を占めるものではない。それらは人間的幸福のためのあくまで手段である。 

図書館報「α」 Vol.11 No.2 目次にもどる