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V.特集:オーストラリア調査報告
 本報告は、このEXPO2005プロジェクト研究が、平成13年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2):課題番号13430018)の交付対象として採用された「国際博覧会の経済効果に関する計量分析 ― 開催実績比較・地域開発の視点から― 」研究の一環として、2001年度に実施した「オーストラリア調査」の成果の一部をまとめたものである。この調査では、「ブリスベン博覧会」と「シドニー・オリンピック」というオーストラリアで開催された2つのイベントについて、2001年9月2日(日)〜9月9日(日)にかけて現地調査を行い、それらがもたらした経済的・社会的効果に関する調査研究を行った。現地調査の概要は以下のとおりである。

[オーストラリア現地調査の概要]
 (1)調査団員の構成

   木船久雄  名古屋学院大学  経済学部  教授  団長
   木村光伸  同上  同上  同上
   十名直喜  同上  同上  同上
   伊沢俊泰  同上  同上  助教授
   大石邦弘  同上  同上  同上
   李 秀K  同上  同上  講師

 (2)訪問先と面談相手
  @ブリスベン博覧会跡地 South Bank Parkland 視察
  Aクウィーンズランド州経済統計研究室(OESR: Office of Economic and Statistical Research)
     住所:Level 16, 61 Mary Street Brisbane QLD Postal Address PO Box 37 Brisbane Albert Street Qld 4002
     面談者:Dr Christine Williams, Assistant Government Statistician
           Mr. Jim Hurley, Director & Senior Team Leader,
  Bブリスベン博覧会公社総裁 
     住所:c/o Jornes Llwes and Lusell, Level33 Central Plaza One, 345 Queen Street, Brisbane, QLD
     面談者:The Hon. Sir Llewellyn Edwards
  Cシドニー五輪会場跡地 Home Bush Bay視察
  D五輪組織員会・シドニー五輪公園委員会(The Olympic Co-ordination Authority (OCS)/SOPA: Sidney Olympic Park Authority)
  Eニューサウスウェールズ州商工会議所(NSW Chamber of Commerce)
     住所:Level 12, 83 Clarence Street, Sydney NSW 2000, GPO Box 4280 Sydney NSW 2001
     面談者:Ms Margy Osmond, CEO, NSW Chamber of Commerce
           Ms Janette Shomar, Manager Trade Development
           Ms Laura Kemp, Group Manager Special Projects
           Mr. Ray Ters, Economist
  Fニューサウスウェールズ大学 オリンピック研究センター
    (Centre of Olympic Studies, NSW University)
     住所:Centre of Olympic Studies, Cliffbrook Canpus, UNSW, Kensington, NSW 2052 Sydney
     面談者:Mr. Richard Cashman, Director, Centre for Olympic Studies
           Mr. Anthony Hughes, Centre for Olympic Studies
           Mr. Andres Vestergard, Master Student, COS
 (3)調査協力者
 現地調査を行うにあたり多くの方々の協力を得た。とりわけ、川村正人氏(JETROシドニー事務所、愛知県シドニー駐在員)には訪問先のアポイント取りの仲介をお願いし、林光洋氏(オーストラリア国立大学)には、資料収集に時間を割いていただいた。その他にも多くの方々の労に支えられて、実りの多い現地調査が実現できた。記して、感謝申し上げたい。

 本報告書の構成は以下のとおりである。
   1.イベントの効果と評価手法 (木船 久雄)
   2.シドニー・オリンピックの経済効果  (大石 邦弘)
   3.シドニー・オリンピックの環境戦略と成果  (李 秀K)

 今回の「プロジェクト研究報告書第4号」の特集には、以上3編の論文を掲載することでオーストラリア調査の第1次報告としておきたい。この調査の成果に関する全体の報告については、科学研究費補助金に対する研究成果の公表とも併せて、改めて別の機会に公表する予定である。

TOP>NGU EXPO2005研究>第4号(目次)>V.特集:オーストラリア調査報告>1.イベントの効果と評価手法
1.イベントの効果と評価手法
名古屋学院大学経済学部 木船久雄
 大規模イベントの持つ社会的、経済的な影響は多様かつ大きい。イベントを開催しようという自治体は、個別の行政的な目的や意図を持ち、イベントがもたらすであろう効果や影響を期待して、それぞれのイベントを企画する。開催されるイベントは、期間限定であるため、開催期間が終了した直後に、入場者数や収益をまとめ、それをもってイベントの効果としがちである。しかし、イベントが持つ効果は一過性のものに留まらず、また経済的な指標だけで計られるものだけではない。
 本章では、オーストラリアで開催された大規模イベントをケーススタディとして、そこで示された効果の内容や計測手法を紹介する。

1.1.オーストラリアの大規模イベントと効果
 1.1.1なぜオーストラリアか
 本年度の海外事例研究調査では、オーストラリアの二つのイベントをとりあげた。オーストラリアは、農業と鉱物性資源に一国の経済を大きく委ねているものの、一方で観光ビジネスについても国をあげて振興して。大規模イベントはそれを鼓舞しながら、同時に地域の再開発を目して実現されてきた。
 オーストラリアは、二つの世界的なイベントを成功させてきた国である。そのひとつは、1988年のブリスベン博覧会であり、他の一つは2000年のシドニー五輪である。前者は、事前予想を70%も上回る1,650万人の入場者数を記録し、国際博覧会協会(BIE)が高い評価を与えた博覧会の成功事例である。また、後者は最も至近年に行われた五輪であり、我々の記憶に新しい。このイベントもまた予想を上回る入場者数を記録し、シドニーを改めて国際都市として世界的に認知させたことから、大会は成功を収めたと評価されている。五輪の主会場となったサイトは、環境重視という新しいコンセプトを掲げて再開発された。この点でも、興味深いイベントである。
 二つのイベントは一方は国際博覧会であり、他方はスポーツの世界的イベントである五輪と、性格は異なる。さらに、前者は1988年、後者は2000年と開催時期も12年の開きがある。しかし、両者ともに地方自治体や公共機関が核となって事業が推進された点は共通している。また、イベントが持つ直接的な目的(文化かスポーツか)が異なることは、大規模イベントが持つ一般的な効果を知るうえで重要である。つまり、後年の評価に耐えうる効果内容は、両者が共通して持つと考えられる一般化された効果が抽出されたものであろうからである。
 加えて、開催時期が異なるという点も、事後的にイベント評価を行う上では、貴重な情報を提供してくれる。つまり、ブリスベン博覧会のように開催後10年余も経過していれば、当該イベントに関する評価は定着しているであろう。逆に、終了直後のシドニー五輪については、評価は定まっていない可能性が高い。そのため、両者の比較を通じて、大規模イベントを評価する際、歴史に淘汰される評価項目は何であり、記憶に生々しい時期に評価される項目は何であるのか、を知ることができる。
 このように大規模イベントを評価するうえで、二つの意味からオーストラリアは格好な調査対象国だということができる。


 1.1.2ブリスベン博覧会の効果
 イベントがもたらす実際的な経済的社会的な効果や影響は、イベントの企画者・主催者があらかじめ期待した通りのものもあろうが、期待はずれのものもある。さらに、期待以上の予想もしなかった効果や影響が現出することもある。
 1988年に開催されたブリスベン博覧会の事後的評価では、次のような効果が指摘されている[1] 。それらは、
 @ブリスベン市の再開発の契機となった
 A開催サイトの再開発と公園化(博覧会の会場となった地域は、それまで工業施設と浮浪者が徘徊するスラムのような地域であった)
 Bブリスベン市の国際的プレゼンスが高まった
 Cブリスベン市が国際観光都市となる契機となった
 Dブリスベン市やクウィーンズランド州への人口流入があった
 E商業や観光など産業勃興につながる経済効果があった
 F雇用創出の効果があった
 G不動産価格が高騰した
などである。ここから、3つの重要な点に気づく。
 第一は、積極的な評価を与えている効果内容は、開催後10余年を経ても持続している息の長いものであることだ。それは、地域再開発や国際的なプレゼンスの高まり、その後の産業振興に対する評価に見られる。これらは、言い方を変えれば、イベントそのものが持つお祭り的な要素は極めて一過性のものであり、後年、人々が積極的に評価できる効果内容は、イベントを契機として後の世にも持続する長期的なものでしかない、ということであろう。
 第二に、イベントが開催地の再開発をもたらしていることである。確かにブリスベン博覧会の会場は、ブリスベン市街から徒歩5分程度の極めてアクセスに便利な場所にある。現在このサイトは、一帯が市民公園で日常的に小規模なイベントが催されており、国際会議場が隣接している。博覧会が開催されなければ、市街近傍のこの地域をスラム化したままで放置され続けていたのかもしれない。
 第三には、いずれも最終的には経済的な評価が重視されていることである。市のプレゼンスの高まりや再開発の契機となった、という評価項目も、現実にはそれを通じて実現されてゆく経済的便益につながってゆく。それは、観光都市や産業振興に集約されるのである。


 1.1.3シドニー五輪の効果
 一方、シドニー五輪に関する評価は以下である。言うまでもなく、2000年に行われた五輪であるため、それを評価するのは時期尚早だと断りながらも、オーストラリア国内での評価は次のようにまとめられる[2]
 @開催サイトの再開発につながった
   @-1 五輪会場となったHomebush Bay地域の公園・商業・住宅地として再開発
   @-2 再開発計画の前倒し効果〜当該地域の再開発計画は1978年からあった
   @-3 環境重視の新しいコンセプトによる再開発
   @-4 オリンピック後の施設の有効利用〜スポーツ施設、公園、商業・住居地区
 A輸送インフラが整備された〜鉄道、フェリー
 B雇用や教育にプラスの効果があった
   B-1 組織委員会による直接雇用
   B-2 学生ボランティアの先端的IT技術や接待ノウハウの習得
   B-3 雇用主と組合や従業員との関係改善〜シドニー五輪成功のために協調
   B-4 フレキシブルな雇用形態の出現〜在宅勤務
 C経済的なプラス効果があった
   C-1 シドニー市だけでなくNSW州全体での経済的波及効果
   C-2 商業(買い物客)・飲食・集配ビジネス・個人サービスの活況
   C-3 商業・観光・会議サポート業・金融業など新ビジネスの長期的な発展
 D住民生活への様々な影響があった
   D-1 シドニー共同体を一体化する効果〜住民のアイデンティティ
   D-2 休暇をとる住民〜大会期間中,17%の住民は働かなかった
   D-3 勤務時間の変更〜地元住民の50%以上が労働時間を変更
   D-4 交通手段の変更〜期間中には公共交通機関を利用し、その後も継続
 また、海外の研究者もシドニー五輪については積極的な評価を行っている。ドイツ人の五輪研究者であるプレウス教授は、シドニー五輪には次のような効果があったとまとめている
[3] 。それらは、@ボランティア意識の高まり,A少数民族であるアボリジニに対する国際的な認知,B雇用の創出,C生活環境の改善,D健康意識や施設の充実,E国家の誇りに対する高まり、である。
 このように、シドニー五輪について否定的な評価はほとんど見られない。開催直前のマスコミ報道では、チケット販売のトラブル、シドニー市内の交通混雑等、懸案事項がいくつか指摘されていた。しかし、結果的にはいずれも大事に至らず、それどころか市内交通は市民の協力によって極めてスムーズであった。
 また、我々の調査時期がシドニー五輪終了後1年という時期であったものの、評価内容にスポーツ振興への効果というような項目が提示されなかったことは興味深い。イベント経過後1年も経てば、イベントそのものがもつ狭義の目的は、風化してしまうということだろう。逆に、指摘された多くの効果内容は、イベント以降にも、長期的に継続されることが期待されるものばかりである。
 シドニー五輪が極めてポジティブな評価を受けているのは、我々のインタビュー時期がシドニー五輪後1年というお祭り気分が覚めやらないタイミングであったこと、五輪はたしかにオーストラリア国内を大いに沸かせたこと、などが関係しているのかもしれない。 
 NSW大学カシュマン教授は、「真の評価をするには、10年が必要だ」と述べている 。

 1.1.5イベントに期待される効果
 公的機関が大規模イベントを企画する際には、その背後には必ず企画者の意図(テーマ)や思い入れがある。それがイベントに期待される主催者側の目的であろうが、イベント後に評価される影響や効果は、必ずしもその通りではない。ここでは、改めて企画者サイドに立ったイベントに託された狙いを整理しておこう。
日本国内の地方自治体で開催されるジャンパンエキスポに関する報告書によれば、イベント開催の目的として次のようなものが挙げられている 。それらは、まず@経済的効果、A社会的・文化的効果、B運営効果の3つに大分類される(表1-1参照)。
 @経済的効果として期待されるものは、地場産業の育成や振興であり地域内外の経済主体との経済交流である。A社会的・文化的効果は、地域住民の精神的な充実を目指したものである。具体的には、当該地域の知名度やイメージの向上、住民意識の高揚・連帯感の育成、伝統文化の保存育成などである。さらにB運営効果としては、イベントそのものがテーマとしている内容への教育的効果や住民参加による直接効果である。


表1-1 ジャパンエキスポの開催効果の分類
経済的効果 社会的・文化的効果 運営効果
・経済波及
・地場産品や特産物の育成新興
・観光資源の開発や観光産業の育成強化
・道路などの社会資本の整備充実
・地域の景気回復や雇用の促進
・鉄道バス空港などの交通網の整備拡充
・外部からの産業工場の誘致促進
・若者の定住化の促進,後継者の育成強化
・地域開発や都市の再開発の促進
・地域の産業界の連帯
・県内他地域との経済交流促進
・国内他地域との経済交流促進
・海外との経済交流の促進
・県地域の知名度やイメージの向上
・県全体の活気
・県民意識の高騰・連帯感の育成
・地域の歴史や芸能などの伝統文化の保存育成
・文化施設(図書館博物館など)の整備充実
・県の将来設計施策の方向性明示
・県市町村の行政サービスの整備向上
・県民の生活環境への安全意識の高まりや環境政策の整備
・ボランティア活動の活発化
・高齢者の生きがいの創出
・イベントの立案運営ノウハウや情報発信ノウハウの習得
・県内他地域との文化交流促進
・国内他地域との文化交流促進
・海外との文化交流の促進
・博覧会開催テーマ
・イベント内容への多くの人々の関心興味
・事前のPR活動
・博覧会の計画や運営への住民参加
・地元業者の出店
・開催地の位置の選定と適切度
・開催跡地の利用方法の適切性
・博覧会への高齢者参加や活動の場の創出
(出所)(社)日本イベント産業振興協会(2000),p.7

 B運営効果は、主として開催期間内における限定的な効果と考えられるが、@経済的効果やA社会的・文化的効果は、必ずしも期間限定ではない。イベント開催を契機として、永続的な道路や文化的施設など社会的インフラを整備する場合には、こうした施設はイベント後にも残る。同様に、社会的・文化的効果としてリストされる地域アイデンティティは、どの程度の時間的継続性が保証されるかは分からないものの、開催期間の終了でおしまい、となるわけではない。
 ブリスベン博覧会やシドニー五輪の評価を見れば、永続的な効果は@やAに集約されていることになる。

1.2.イベントの経済・社会的影響評価手法
 1.2.1推計範囲の設定
 イベントがもたらす経済的影響を計る方法は、一般に次のような行われる。
第一に行われることは、@イベント事業が直接的に関わるスケジュールの設定、およびA効果計測のための時間スパンの設定である。影響評価を行う上で時間スパンの設定が必要な理由は、イベントには事前の準備から始まってイベント終了後にまで、影響の連鎖があるからである。これは、先に述べた、イベント評価のためには終了数年後に評価するという「評価時期の問題」とは異なった問題である。
さらに、第二に行われることは、@イベントが関与する直接的な経済行為の範囲の設定、およびA評価のための評価項目の設定である。前者は、経済的波及効果の測定のためには不可欠な要素であり、後者は、さらに広い視野から社会的な影響なども考慮した際の評価軸を確定しようというものである。

 1.2.2影響範囲の時間スパンの設定
 第一の時間スパンの設定は、次のように行われる。実際にイベントが開催されている期間は数週間から半年といった期間であるとしても、事前および事後に様々な有効需要が発生する。
 イベント関連支出は、イベントを構想する段階から発生する。国際的なイベントであれば、イベント開催が決定される以前から、そのプローザル作成のための支出が生じている。それらは、事前の企画草案検討、国際機関による開催承認を受けるための準備作業、国際会議への出席、プロモーションなどに関わる費用である。
 開催が決定してから開催本番までは、まさに準備時間である。この間には、イベント会場整備や会場周辺のインフラ整備のための設備投資や広告宣伝・事務的費用など経常的な支出が発生する。また関連事業者においてはマーケティングや事前会合など様々な支出が発生する。
 そして、イベント開催期間中ともなると、大きな投資は発生しないものの、運営のための支出や参加者・観光客などによる消費支出が顕在化する。
 さらに、イベント終了後には、会場跡地の利用、イベントによって刺激された観光ビジネスなどへの需要増加、などがある。有効利用される施設はストックとして残り、それは継続的に付加価値をもたらす財に変わる。そのために、経済効果の推計においては、イベントの前後数年間を期間に区分しながら、費用発生の時間的経緯をみることになる。
 例えば、シドニー五輪の影響評価に関するタイムスパンの設定については、前出のプレウス教授は表2-1のごとく分割している。また、オーストラリア財務省に提出されたタスマニア大学による計測では、1994年〜2005年について毎年の影響を計測している
[6] 。時間区分は多少異なっているとしても、いずれも、開催前・開催中・開催後、という3つの時間スパンが用意されている。

表2-1 シドニー五輪の社会経済的評価のための時間スパン
状況 影響
1988年 申請申し込みの最初のアイデア形成、FS 影響1
1991〜1993年 五輪実施の登録通知、費用便益スタディ、申し込み書の作成、IOCへの登録 影響2
1993年9月23日 シドニー五輪開催の決定 影響3
1993〜2000年 五輪ゲームのための建設と準備 影響4
2000年〜? 建造物の利用や影響評価の始まり 影響5
(出所)Holger Preusse(2001), The Economic and Social Impact of the Sydney Olympic Games, mimeo


 1.2.3経済的影響評価のための有効需要
 第二の、イベントに絡んだ有効需要を設定することは、経済的な影響評価を行う過程で重要な計算前提である。イベントを起点とした直接的な需要をどこまで組み入むのか、という枠組み設定がこれである。
 イベント開催に伴う会場整備やそのための輸送インフラ、会場跡地の有効利用に関した支出は、公共事業とも模される設備投資である。つまり、事前準備に関する投資は、どれくらい費用をかけてハコ物施設を作り、そのための資材は何をどこから調達してくるのか、が経済的な波及の大きさを決める。
 また、開催期間中には、施設の運営管理に伴う費用、さらには入場者および周辺地域への観光客の消費支出が経済的な有効需要となる。入場者や観光客による消費支出の推計は、一般に、[ @入場者数や観光客の数×A一人当たり滞在日数×B一人一日当たりの項目別支出金額 ]という積で求められている。
シドニー五輪に関して経済的影響評価を行った一つの研究 では、訪問客の属性を@海外、A州外、B州内と区分した上で、さらに@IOC関係者、A競技者および役員、B観客等と分類し、それぞれの滞在泊数、支出金額、その内訳などを設定している(表2-2参照)。
 観客がイベント会場(ここではシドニー)にやってくるのは、オリンピック期間中の前後数週間であるものの、各国オリンピック関係者がシドニーを来訪するのは、それ以前の数年前から始まっている。そのため、彼らの支出が発生するのは、開催が決定した直後の1994年から本格化する。つまり、シドニー五輪の開催年である2000年よりも6年も以前から、イベントによって形成される有効需要は顕在化していることになる。
 イベントを一つの観光事業であると仮定するならば、「観光の六大要素」を考慮しておく必要があるかもしれない。それらは、@移動、A宿泊、B食事、C観光、D買物、E娯楽・レジャーから構成される [8]。それら六分野に向けられた利用者の支出が、イベント参加者がもたらす有効需要である。
 また、イベント終了後の有効需要は、イベント会場の再利用に伴う支出、イベントを契機として拡大する(と予想される)観光客などの消費支出などが考慮される。また、評価は難しいが、イベント開催に伴って装備された社会インフラや一部の設備が恒久施設となる場合は、これらが資本ストックとなって価値を継続的に産み出す役目を果たすことになる。

 1.2.4経済モデルの利用
 イベントがもつ経済的影響評価を行う際には、地域経済モデルを用いるのが一般的である。その際、前述したような費用発生を追加的な有効需要とみなし、それを外生変数としてモデルを解くことになる。
 用いられる経済モデルは、@地域産業連関表モデルが一般的である。これは、そのハンドリングが容易であるという特徴に由来していよう。しかし、動学的な効果推計を目的とした場合は、Aマクロ経済モデルを採用したり、@とAが一体化したB一般均衡モデルを用いることもある。
 シドニー五輪の影響評価においては、前述のKPMGによる推計(1993)では産業連関モデルを、Arthur Andersen/タスマニア大学の推計(1999)では一般均衡モデルが用いられている。後者モデルは、MMRF(Monash Multi-Regional Forecasting)モデルと呼ばれ、オーストラリア全土を8州(地域)、12産業に分割し、家計・政府・投資を外生変数として扱う。モデルは5つのモジュールを持ち、それらは、@コア(統合)部門、A政府財政部門、B資本投資部門、C海外部門、D労働部門から構成されている [9]
 一般均衡モデルは、GDPの支出・生産・分配といった三面のみならず多種の財(産業)と価格が同時決定されることに、その理論的な美しさがある。しかし、モデル構築の過程で多くのパラメータを外生的に設定したり(生産関数としてCES関数を用いる場合)、推計されたパラメータ自身が不安定であったり(トランスログ関数を用いる場合)、と理論上の美しさが必ずしも実証モデルに投影されているわけではない。
 それゆえ、実際の影響評価に用いられる経済モデルは、評価者の目的やモデルの操作性といった要素で決められているのが現実であろう。

1.3.おわりに
 本章では、オーストラリアの事例を用いながら、イベントが持つ効果や評価手法を検討してきた。その要点は、次のようにまとめられる。
 第一に、大規模イベントを評価する際には、イベントの前後数年にわたる長い時間スパンを念頭におく必要があること、第二に、事後において最もプラスに評価される項目はいずれも経済的効果であること、第三に、自治体が運営するイベントにおいては、狙いとするテーマが持つ直接的な効果よりも事後の数年間にわたる効果を意識しておこなうべきこと、などである。
 また、効果の評価手法に関しては、いずれも地域経済モデルが用いられるが、モデルが持つ個性やデータの利用可能性などを考慮しながら、適切なモデル選択をしなくてはならない。さらに、計測に当たっては、効果は時系列で出てくるために、動学的な手法を採る必要がある。
 いずれにしても、イベントの開催期間は時間限定の短期的なものであるとしても、その影響や効果は長期的なものであることを認識することが肝要である。

[1] General Commission of Expo 88 (1988),Report of the Commissioner General of EXPO 88 on the Australian Government’s Involvement in EXPO 88, およびQueens land Treasury, Office of Economic and Statistical Researchでのヒアリングによる。
[2] シドニー五輪組織委員会、NSW商工会議所、NSW大学オリンピック研究センターなどでのヒアリングによる。
[3]Holger Preusse(2001), The Economic and Social Impact of the Sydney Olympic Games, mimeo
[4]Prof. Richrd Cashman(NSW大学オリンピック研究センター長)とのインタビュー
[6]Arthur Andersen/Centre for Regional Economic Analysis, University of Tasmania, Economic Impact Study of the Sydney 2000 Olympic Games, January 1999、これは前出のKPMG/Peat Marwick(1993)とも手法は同じである。また、John R Madden, (1999), The Economics of the Sydney Olympics, (presented to the 23rd conference of ANZRSAI, Newcastle, 19-22, September)も同様である。
[8]河村誠治(2000)、『観光経済学の基礎』、九州大学出版会、p.85
[9]モデルに関する詳細説明は、タスマニア大学地域経済分析センターのHPを参照。http://www.comlaw.utas.edu.au/crea/



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