TOP>NGU EXPO2005研究>第4号(目次)>V.特集:オーストラリア調査報告>3.シドニー・オリンピックの環境戦略と成果 | ||||||||||||||||||||||||||
3.シドニー・オリンピックの環境戦略と成果 | ||||||||||||||||||||||||||
名古屋学院大学経済学部 李 秀K | ||||||||||||||||||||||||||
3.1.オリンピック誘致と環境 | ||||||||||||||||||||||||||
3.1.1誘致成功と環境 2000年9月15日から10月1日まで、第27回のオリンピック夏季大会として開催されたシドニー・オリンピックの大きな特徴の1つは、誘致運動の当初から一貫して環境配慮をキャッチフレーズとし、また、大会運営や関連施設の整備を巡って環境保護団体との良好な協力関係を保持した点であった。 1993年9月23日のIOC総会で、シドニーは4回目の投票で北京を2票差で上回り、大会の誘致に成功した。シドニーの主な勝因の1つは、投票前に公表した「夏季オリンピック大会のための環境ガイドライン(The Environmental Guidelines for The Summer Olympic Games)」であった。この環境ガイドラインでは、1992年6月「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」で採択された環境原則を踏まえ、オリンピック開催都市が施設の整備と大会運営における遵守すべき100項目以上の環境配慮事項が定められた。大型建設プロジェクトが余儀なくされる夏季五輪で環境保護をテーマに掲げたのは初めてのことであった。また、シドニー・オリンピック招致委員会が世界的に知られている環境保護団体「グリーンピース」の協力を得た上で、「環境五輪(グリーンオリンピック)」をキャッチフレーズとしたのも誘致成功の大きなポイントであった。オリンピックの理念に環境配慮という新たな思想を加えようとしたシドニーの試みは、IOC委員に強くアピールし、大会誘致の成功に結びついたのであった。 オリンピックのシドニー開催が決まってから、IOCは、スポーツ、文化に次いで、環境がオリンピック精神を支える第3の特質であることを明らかにした。また、1994年にIOCはオリンピック憲章を修正し、オリンピックゲームは環境的問題に最大限関心を払って開催されるべきであり、オリンピック運動は持続可能な開発の観点から必要な措置を取るべきであることを打ち出した。シドニー・オリンピックを契機に、オリンピックを招致する有効な決め手は開催地立候補側の積極的な環境対策となり、今後はいずれのオリンピックでも環境問題が問われることになった。 |
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3.1.2オリンピック・サイトの環境 シドニー・オリンピックのメインサイトは、開・閉会式が行われたオリンピック・スタジアムや選手村が立地されたホームブッシュ・ベイ(Homebush Bay)であった。ホームブッシュ・ベイには、主競技場や選手村をはじめ、ホテル、公園、テニスセンター、ホッケー競技場などオリンピック関連施設の大半が立地された。ホームブッシュ・ベイは、面積が760ヘクタールの広さとシドニー市中心から西約14kmという地理的に接近したことによってメインサイトとして選ばれた。 ホームブッシュ・ベイ地区の歴史は、18世紀末の入植時代まで遡るが、20世紀に入ってからは、原生林が次第に伐採され火薬庫、屠殺場、煉瓦工場等として利用されてきた。1950年代には、シドニー湾につながるパラマッタ川の一部が埋め立てられホームブッシュ・ベイ地区に編入された。しかし、その後同地区は有効に活用されず大遊休地(湿地)となっていたが、1980年代初頭に都市再開発事業予定地として指定された。その後、1984年には、体操・バスケットボール・柔道等に使用できる州スポーツセンター、1988年には入植200周年記念公園、1994年には国際スポーツ村(水泳競技場、陸上競技場等)がオープンし、市民のスポーツと憩いの場所となっていた。 ホームブッシュ・ベイの一帯は、化学薬品メーカーであるユニオン・カーバイト社のゴミ捨て場として利用されるなど、もとは「ダイオキシンの郷」とまで揶揄された産業廃棄物の投棄場でもあった。90年代初めの調査で延べ160haの土地に総量900万トンの廃棄物が埋め立てられていたことが分かり、NSW(New South Wales)州政府は1.4億豪ドルの費用をかけ、世界でも最大級の土地浄化プロジェクトが実施された。また、オリンピック競技場の建設中にも30kg以上のダイオキシンを含む大量の産業廃棄物が捨てられていたことが発見され、グリーンオリンピックというスローガンを抱えたシドニーとしては廃棄物の除去とダイオキシンの分解、植林など会場の土壌改良を余儀なくされた。 また、1992年に着手された同地区での本格的な生態系調査の結果、多くの貴重な生物種が存在することが確認された。工業地としての利用と都市化により多くの変化があったにもかかわらず、ホームブッシュ・ベイでは森林地、塩湿地を含む固有の生態システムが存在されていた。ホームブッシュ・ベイの近辺には130種の鳥も棲息しており、これらの中で半分がオリンピック・サイトを主な棲息地として利用していた。また、オーストラリアと日本、オーストラリアと中国間の国際条約で保護されている29種の渡り鳥が発見された。これらの中では5種がNSW州の国立公園及び野生動植物法により絶滅危機のある種として登録されていた。ホームブッシュ・ベイはマングローブや水鳥、カニ、魚が生息するシドニーで重要な湿地の一つでもあった。最も注目されたのは、1993年に絶滅危機のあるグリーン・アンド・ゴールデン・ベル・フロッグ(the Green and Golden Bell Frog)というオーストラリア原生種の蛙群が煉瓦工場の跡地で発見されたことであった。この跡地はそれまでに知られていた12の棲息地の中の一つであった。ホームブッシュ・ベイ地区で、この蛙の棲息状況について徹底的な調査を行った結果、約300匹が棲息していることが分かった。こうしたオリンピックのメインサイト予定地での貴重な生態システムの存在は、シドニー・オリンピックが環境をキャッチフレーズとして選択した重要な背景ともなった。 |
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3.2.環境戦略と環境ガイドライン | ||||||||||||||||||||||||||
3.2.1環境戦略 シドニーがオリンピック開催権を獲得した後、環境ガイドラインの履行は国際社会に対する義務となった。環境ガイドラインは、ESD(Ecological Sustainable Development)のコンセプトに基づいており、オリンピック・サイトの環境問題はもちろん地球温暖化、生物種多様性の喪失、オゾン層の破壊など地球環境問題に至るまで配慮して作成された。 オリンピック・プロジェクトが環境ガイドラインに従って行われることを指導・監督する機関はOCA(Olympic Coordination Authority:オリンピック調整局)であった。OCAは、1995年6月30日、オリンピック・プロジェクトの企画、オリンピック開催地における施設の供給などを行うためOlympic Coordination Authority Act(1995)に基づいて設立された。OCAは、建設、地域と政府との関係、環境・企画・資産管理、資金の4つの本部を持っており、また、環境・企画・資産管理本部は、環境、資産管理、企画のそれぞれ3つのパートに分かれている。OCAは、オリンピックの開催地の施設の供給におけるSOCOG(Sydney Organising Committee for the Olympic Games:シドニー・オリンピック組織委員会)の要求に応えなければならない法的責任を持っている。 環境ガイドラインの履行は、シドニー地域環境計画No24、州環境計画政策No38など国や州の法令により制度的に保障された(表1参照)。これら法令のバックアップにより、種の保全、資源節約、汚染抑制の3つのキーワードとなる「ホームブッシュ・ベイ開発戦略」が策定され、オリンピック・サイトの開発における環境戦略が具体化された(表2参照)。 |
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<表1> ESD原則に基づいた環境ガイドラインの実現プロセス
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ホームブッシュ・ベイ開発戦略を実現させる手段として、ETS(Environment Tender Specification:入札参加者環境規定)やEMS(Environmental Management Systems:環境管理システム)が挙げられる。ETSはプロジェクトの入札に参加する業者にESD原則に基づいたデザインや工事計画書の提出を求めている。入札参加者が提出した工事計画書の中の環境要素は、入札決定の際に主な評価項目となる。また、EMSはISO14000基準に基づいて作成されており、オリンピックでは初めての試みであった。EMSには、オリンピック・プロジェクトのデザイン、建設、運営に至るまで全ての段階で環境配慮を行うべき事項に関するリストが盛り込まれている。オリンピック・プロジェクトに参加する契約者やコンソーシアムは、OCAに彼ら独自のEMSを提出する義務を持っている。EMSは建設現場で働く一般の労働者までに環境教育プログラム(Working Greener training package)へ参加することを要求している。 |
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<表2>ホームブッシュ・ベイ開発戦略
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3.2.2環境ガイドラインのポイント シドニー・オリンピックの環境ガイドラインや環境戦略の作成において注目すべき事項は、環境政策責任機関であるSOCOG及びOCAが環境保護団体など非政府組織(NGO)と密接に協議した事である。特にシドニー・オリンピックの環境ビジョンを示す環境ガイドラインの作成には、グリーンピースをはじめクリーンアップ・オーストラリアなど環境保護団体、環境問題専門家や、産業界等からの代表者も加わった。また、環境ガイドラインの履行状況について、GGW2000(Green Game Watch2000、注:NSW州政府とオーストラリア連邦政府の資金援助を受けて1995年に設立された環境団体連合)やThe Earth Council(注:1992年地球サミット開催を契機に国連を支援を受けて設立された環境NGO)など第3者機関に客観的なチェック及び評価を依頼した。1995年にはEPA(Environmental Advisory Panel:環境諮問パネル)の設立と共にその傘下に6つの専門諮問パネル(建築資材、エネルギー、造園及びオープン・スペース、廃棄物管理、生態)が設立され、環境ガイドラインの履行に関わる技術的な問題にまで諮問が行われた。EPAは1997年に解体されたものの、その役割はOEF(Olympic Environment Forum:オリンピック環境フォルム)に引き継がれた。OEFは、OCAやSOCOG、そしてグリーンピースやGGW2000など主要環境NGOが参加するフォルムを定期的に開催し、利害関係者間のコミュニケーションの活性化を計った。 環境ガイドラインは、オリンピック施設の計画・建設、省エネと再利用可能な資源の活用、水資源の有効活用、廃棄物の発生抑制 、大気・水・土壌の適切な質の維持及び住民等の健康保護、貴重な自然および文化環境の保護など6つのパートとなっている。環境ガイドラインの中、OCAが公約実現に力点を置いた部門は以下のようである。第1に、環境ガイドラインでは、地球温暖化問題を主要関心事として規定され、`シドニーは再生可能なエネルギーを最大限使用すること`が公約された。その公約の具体的施行のため、OCAのエネルギー戦略をサポートするホームブッシュ・ベイ専門諮問パネルが設立された。SOCOGのスポンサー、工事参加者が自発的に温室効果に取り組むことが奨励され、また、エネルギー節約を促すために競争的入札システムが導入された。 第2に、ダイオキシン発生を防ぐためにPVC(ポリ塩化ビニル)削減対策である。環境ガイドラインでは塩素含有物質の使用を最小化あるいは回避することが公約されており、655棟のオリンピック村では、配管・電気配線・フローリングなどにおいて、普通の家よりPVC材料の使用を80%まで削減されることが打ち出された。また、メイン・スタジアムのシートや配管、電気配線にPVC使用の排除、318部屋のホームブッシュ・ベイ・ホテルの電気配線、コンピューター・ケーブリングなどにもPVC使用の排除が計画された。 第3に、汚染土壌のサイト内処理原則である。オリンピック・サイト内で埋め立てられていた廃棄物により汚染された土壌は、地下水や水路の汚染を防止する措置を施した上で「現場封じ込め原則」に基づいて、サイト内で処理することになった。例えば、地区内の汚染土壌を掘り出し4箇所に集中して埋め立てする。4箇所の埋立地には移された汚染土地からの廃水の排水施設を整備し、そこから排出される廃水は、地区内の汚染水浄化設備で処理した上で下水システムに排出する計画となった。 第4に、交通においては、公共交通手段利用の原則である。オリンピックの主会場への観客の自家用車利用を制限し、その代わりに公共交通を大幅に拡充する。一般に、イベント場では観衆の70%が私的交通手段を利用しているものの、シドニー・オリンピックでは、全ての観衆が公共交通手段を利用することが計画された。競技場周辺に駐車場は設置されないので、現代オリンピックの中では、シドニー2000は初めてのカー・フリーのオリンピックとなる。 第5に、ホームブッシュ・ベイの半分以上がオープン・スペースとして開発されるので、自然環境の保護にも力点を置いた。ホームブッシュ・ベイには、多くの貴重な生態システムの存在が確認されており、生態系への影響を考慮し無農薬で害虫駆除を行ったり、自然動植物に害にならない除草方法が講じられた。植林においては、1997年までにオリンピック競技場周辺に125,000本の木が植えられ、オリンピック開催までにシドニー周辺に百万本が植樹される計画となった。 |
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3.3.環境ガイドライン履行の状況と評価 | ||||||||||||||||||||||||||
OCAは、1997年GGW2000に、進行中のオリンピック・プロジェクトの環境ガイドライン履行水準に対する評価を求めた。これを受けてGGW2000は、次のような評価と勧告を行った。第1に、オリンピック施設のデザイン・建設部門においては、ライフサイクルの影響やコストを考慮した建築材の使用項目を除く、大体の項目では履行状況は良好であると評価した。環境ガイドラインでは、建築材の製造・使用・廃棄の過程においてライフサイクル・コストや影響のチェック、Sustainable木材であることの確認が求められている。GGW2000は、OCAに専門のコンサルタントを雇い、建築資材のライフサイクル側面での環境適合性を評価・選択することを勧告した。 第2に、エネルギー節約部門の履行状況では、特に多くのビルにおいて太陽エネルギー利用建築デザインや、省エネルギービル管理システムの採用、隣接エリアの公共交通手段と自転車のリンクシステムの設置などいった点ではかなり良好な評価を行った。大会後に一般住宅として分譲される選手村では、建物の向きや形の工夫により太陽熱を最大に限活用するとともに、屋上に設置したソーラー・パネルにより電力と温水を供給するシステムが導入された。このシステムの導入により選手村での一般電力の使用量は75%が節約された。スタジアム・オーストラリアでは、電力と温水の供給に天然ガスを利用したコジェネレーション・プラントを設置し、普通の電力を使用するより40%の温室効果ガスを削減することが可能となった。しかし、競技場において再生可能なエネルギー源の活用に関する項目は、2つの競技場では全く遵守されていなく、他の競技場でも部分的しか守られなかった。再生可能な発電の採用については、技術的な問題点にもかかわらず、最終計画を樹立し、オリンピック開催まで実行すべきであることを勧告した。 また、表3で示されているように交通問題は地域住民においても最も重要な関心事の1つであった。カー・フリ・ーオリンピックを実現するため、オリンピック・レール工事に94百万ドルを投資し、オリンピック公園電車駅は1時間当たり50,000人の乗客が受容可能となった。新規に600台の天然ガス燃料利用バスを運行するうえ、統合チケットシステムの導入、公共交通利用奨励Campaignsの展開、オリンピック・サイト周辺にサイクル・歩道ネットワークの整備が行われた。 |
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<表3>地域住民における最も気になる環境問題(構成比:全体 100%)
出所:Peggy James(1997)より |
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第3に、水質保全部門では、持続可能な水源管理システムの促進項目、そして水の再活用を高めるための殺虫剤や農薬使用の最小化の項目において低い評価が得られた。雨水と排水は非飲料用のみとして一部だけリサイクルされる。リサイクルされない排水は、Sydney Waterを経由し太平洋へ流される。しかし、Sydney Waterへの排出は法律により規制されており、その適法性が問われた。水供給計画は、シドニーの上水源から選手村へ飲料水を含む多様な用途の水として供給し、オリンピック・サイトのリサイクル水からは非飲料水を供給するようになっている。この計画は、リサイクル水に対する信頼を低下させることにより、持続可能な水源の管理策とは言えないと評価された。持続可能な水源管理システムの促進という環境ガイドラインの公約を遵守するためには、リサイクル水は保健省の水質基準をクリアし、オリンピック期間中に飲料水の用途としても供給されるべきであることが勧告された。 |
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<表4>シドニー・スーパードーム建設工事のリサイクル率(1997〜1999年)
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第4に、廃棄物回避・最小化の部門においては、一定の成果はあったものの、廃棄物最小化指針作成の遅れなどの問題点が指摘された。主な成果の例としては、サイト内の建物を取り壊した際の、コンクリート残骸、煉瓦、鉄、銅、アルミニウム、木材などが70%程度リサイクルされることであった。特にシドニー・スーパードームの建設工事の際に発生した約14万m3の廃コンクリートや廃材などの98.8%が、道路や歩道の基礎材などとしてリサイクルされた(表4参照)。また、競技場の座席には、廃プラスチックが混合されたリサイクル素材が用いられた。しかし、商業施設の運営における廃棄物最小化計画は、管理指針作成の遅延などで主な施設においてあまり反映されなかった。そのため、施設運営者及びコミュニティと共に統合廃棄物回避・最小化戦略を早急に作成することが勧告された。 第5に、空気・水・土壌質の保全部門において、窒素酸化物や一酸化炭素など化石燃料による大気汚染物質の発生抑制対策はガイドラインを殆どクリアしていた(表5参照)。しかし、毒性物質を含んでいない断熱材、ペイント、糊、光沢材、溶剤などの使用や、PCB、PVCなど塩素含有資材の使用抑制項目、またペイント、カーペット、糊、害虫除去活動などからの毒性物質放出の最小化項目が低く評価された。そのため、建築資材の選択や表面光沢材、家具、洗剤、害虫駆除などにおいて、空気・水・土壌質の改善のための具体的実践プログラムを確保すべきであることが勧告された。一方、過去に汚染された土壌は、「サイト内封じ込め原則」に基づいて修復が行われた。地区内の汚染土壌を掘り出し、移された汚染土地が地下水などを汚染しないように廃水の排水施設を整備したうえでサイト内に埋め立てられた。その結果、当初ホームブッシュ・ベイ内で確認された202haの汚染土壌面積は、1996年に100ha、1997年に76ha、1998年に46ha、1999年に12haへと著しく減少された。 |
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<表5>大気汚染物質の環境ガイドライン遵守状況
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第6に、環境保護部門は、ガイドラインの履行がはかばかしくない部門として評価された。3つの主な懸案は、自然生態系の保護のための管理計画の樹立、オリンピック・サイトにおける非化学的害虫駆除手段の選択、そして野生動植物の生息地、地域固有の植物群 の保護のための造園プログラムの作成であった。その中で、注目されたのは絶滅危機のあるグリーン・アンド・ゴールデン・ベル・フロッグが、道路建設など開発プロジェクトにより道路上の車に轢かれる危険性の問題であった。この問題への対策として、Hill RoadとHoker Street付近に蛙が道路に飛び出すことを防ぐ防護壁や、安全な移動を確保する橋及び地下トンネルの設置工事が行われた。また、害虫や雑草除去用化学薬品の使用は制限されていたが、原生の草の成長を助けるための雑草抑制用Glyphosateは認められていた。Glyphosateは毒性の低い物質ではあるものの、成分によっては蛙などには致命的になる場合もあることも確認された。GGW2000は、サイト内のMillennium Parkの管理計画は、グリーン・アンド・ゴールデン・ベル・フロッグの管理計画と一体化しなければならないと勧告した。また、主要生態系と種の保護を確保するための管理計画及び戦略が全体の環境管理システムと適切に調和しなければならないことが指摘された。 |
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<表6>環境ガイドライン項目別達成水準評価表
出所:Peggy James(1997)より |
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OCAは、以上のGGW2000による環境ガイドライン履行状況評価についてレビューしつつ、1999年2月に The Earth Council(地球評議会)にも、環境ガイドラインの履行水準についての評価を求めた。その結果、地球評議会は以下のような評価を行った。第1に、情報交流と透明性について、OCAは環境に影響を与える各種の計画についていつも適時適切に全ての情報を公開してきたとは言えないが、地域住民とコミュニケーション向上に努めるなど一定部分の成果はあったと評価した。第2に、OCAの優先課題の1つである生物多様性の保護においては、マングローブの生長、塩湿地の回復、地域固有の野生動植物保護などの面で著しい成果をあげたと評価した。第3に、エネルギー効率や再生エネルギー使用の面においては、太陽エネルギーシステムの大幅な導入により、一般の建築家やデザイナーの太陽エネルギーシステムの採用を奨励し、まだ幼稚段階にあるオーストラリア及び世界の太陽エネルギー産業育成を刺激する効果をももたらしたと評価した。第4に、オゾン層破壊物質の使用抑制については、一部施設では、コストなど技術的問題でオゾン層破壊物質が冷媒として使用されるなど、目標の完全な達成までには至らなかったと評価した。地球評議会が環境ガイドライン履行状況に対する総合的評価は10点満点のうち平均8点という比較的高い水準であった(<表7>参照)。 |
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<表7>The Earth Councilの環境ガイドライン履行水準評価
出所:Aichi Prefectural Government, Sydney Office(1999)より |
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以上のように、シドニー・オリンピックプロジェクトの環境ガイドライン遵守状況は、一部の項目では問題を抱えているものの、概して良好な評価を受けた。しかし、OCAの環境ガイドラインは、1993年に定められたものであり、評価時点では時代遅れの基準になった可能性も指摘される。従って、評価時点の環境期待水準に合わせた新しいガイドラインを作成し、その基準に合わせて評価すべきであるという指摘も出ている。いずれ、シドニーのオリンピック誘致に大きく寄与した環境ガイドラインは、それ以来、環境保護団体、マスコミ、IOCなどによりその遵守状況について細かく監視されてきた。これはまた、シドニーが環境ガイドラインの公約を守るために努力を続けてきた原動力となったといえる。 |
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3.4.跡地の整備と今後の示唆点 | ||||||||||||||||||||||||||
軍用地や工場の跡地などとして遺棄・放棄されたのでブラウンフィールドとして呼ばれていたホームブッシュ・ベイ地区の一帯は、オリンピック終了後新しいタウンとして変貌される。NSW州政府が発表した五輪公園活性化計画では、五輪公園駅周辺にレストランなどが入るタウンセンター(1.7ha)、事務所ビル(15カ年計画)、4棟の高層住宅(1300戸、3000人居住予定)が建設予定となり、1万人の雇用創出が見込まれている。アクセス面においても、鉄道の増便やイベント時のみ運行されていた臨時バスの常時運行などが検討されている。 新しいタウンの建設計画は、環境保全や修復のため様々なアプローチで注目を集めている。希少種のグリーン・ゴールデンベル・ガエルの棲息地であることがわかったかつての煉瓦工場の跡地は、環境保護の重要性を訴えるエリアとして引き続き残される。貴重な生態系を可能な限り本来の形で保存するため、地区内の湿地や原生林の多くを保護地区として指定し、「ミレニアム・パークランド」と名付けられる自然公園の中の一部として管理する。この自然公園は ホームブッシュ・ベイ地区の総面積の半分以上を占める440haとなり、都市公園としてはNSW州でも最大級となる。 約1万5000人の選手やコーチが滞在していた選手村の一帯も、昔の自然の生態系に戻すよう工夫されている。約430haの敷地のうち70%はオープン・スペースとして残される予定であり、コンクリートの運河となっている近辺の小川はゆったりと蛇行する自然の流れに戻される予定である。選手村はショッピングセンターと隣接する住居ゾーンになる予定であるが、すでに世界でも最大級の太陽光発電システムを備えており市の電力会社と契約を結び余った電気は売買も可能となっている。一方では、シドニー近郊の有名な観光スポットであるダーリング・ハーバーも採算がとれるまでに12年かかったことから、市内から西へ14km離れたホームブッシュ・ベイの五輪公園一帯の活性化については悲観的な見方も少なくない。しかし、シドニーは、オリンピック後のこの跡地を活用し21世紀に相応しい環境配慮型の新しいコミュニティの建設を目指している。 シドニー・オリンピックでは、初期のデザインや建設、イベント期間中の環境影響、そしてイベント終了後のサイトの長期的利用など全ての段階において統合された環境配慮プログラムが採用された。特に計画の初期段階で、政府関係者、環境保護団体、入札参加者、地域社会グループ、市民、スポンサー、ボランティアなど環境に関わる様々な利害関係者との間に対話チャンネルの構築や協力プログラムが行われたことは、シドニー・オリンピックの環境成果を高めた大きな要因となった。シドニー・オリンピックは、政府や企業関係者が作り上げた計画について環境保護団体などの意見も聴取しようとする従来の手法はとらなかった。その代わりに、計画段階から環境に関わる様々な利害関係者と共同に参画した。その結果、シドニー・オリンピックは、多様な利害関係者の斬新な意見が初期計画に効果的に反映されることができ、また環境保護団体などの反対運動に会わされることも殆どなかった。 また、シドニー・オリンピックでは、プロジェクトの入札参加者に、3つのESD原則−すなわち種の保全、資源節約、汚染制御−が提示され、入札参加者達はその原則に則った計画案が提出することが求められた。この方式により、特に施設のデザインや建築において、例えば、PVC使用の抑制、非毒性ペイント・フロア光沢材・カーペット・絶縁材の使用、自然換気や大規模ソーラシステムの採用など革新的アイデアが生まれた。 シドニー・オリンピックのもう1つの大きな意義は、オリンピックのメインサイトであったホームブッシュ・ベイ地区の開発が「生態的に持続可能な開発原則」に則って行われたことであった。シドニー・オリンピックは、この原則を守る努力をつつけてきた結果、サイトの土壌汚染対策や生態系保全対策などの分野では世界的にも先駆的な成果を収めたと評価された。もちろんシドニー・オリンピックの環境プログラムの全てがシドニー固有のモデルとは言えない。しかし、シドニー・オリンピックは、今後の大型プロジェクトやイベントが持続可能な開発プロジェクトとして発展していくための良い環境対策モデルを提示したといえる。 |
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参考文献 | ||||||||||||||||||||||||||
−英語文献− Aichi Prefectural Government Sydney Office (1999), Conservation, Environmental Sustainability and The Sydney 2000 Olympic Games, Stockall and Associates PTY Ltd, Canberra. Holger Preuss (2000), Economics of the Olympic Games, Walla Walla Press, Sydney. Olympic Co-ordination Authority (2000), OCA Annual Report 2000, Olympic Co-ordination Authority, Sydney. Olympic Co-ordination Authority (1999-2000), Environment Report 1997-1999. Olympic Co-ordination Authority, Sydney. Paul Leadbeter et al.(1999), Environmental Outlook No3: Law and Policy. The Federation Press, Sydney. Peggy James(1997) Environmental Performance Review Report. Green Games Watch 2000, Sydney. Richard Cashman et al. (1998), Forum on the Impacts of the Olympics, The University of New South Wales, Sydney. Sydney Olympics 2000 Bid Limited (1993), Environmental Guidelines for the Summer Olympic Games, Sydney Olympics 2000 Bid Limited, Sydney. The Earth Council (1997), OCA Environmental Performance Review, The Earth Council, Sydney. The Green Peace Australia (2000), Green Olympics-Green Peace Fact Sheet, The Green Peace Australia, Sydney. −日本語文献− アレックシス・カロライド「環境と不動産開発は両立できるか?」『日経エコロジー』日経BP社、2000年9月。 自治体国際化協会『オーストラリアにおける環境保全対策(Clair Report No.198)』自治体国際化協会、2000年5月。 |
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<参考資料> | ||||||||||||||||||||||||||
環境ガイドライン | ||||||||||||||||||||||||||
Sydney Olympics 2000 Bid Limited(1993) | ||||||||||||||||||||||||||
A.オリンピック施設の計画・建設 1.新しい施設の建設に対する長期ファイナンシングとともに、現存施設の活用、使用可 能性の徹底検討 2.環境を配慮した建築物とインフラ施設のデザイン 3.計画過程における地域住民の参加と、環境・社会影響評価 4.オリンピック・サイトやイベントの近隣住民への影響を最小化するための計画 5.低木林地、森林、湿地、動物相やエコシステムの保護のための環境配慮 6.全新規オリンピックプロジェクトのEPA令遵守 7.新規オリンピックプロジェクトが、可能な限り既存の工業及び商業地域に建設され、 その結果未開発地が保存されたか 8.全オリンピック・サイトの公共交通機関による接近可能性 9.建設入札参加社の環境ガイドライン遵守方法についての明細書提出 10.新規プロジェクトに関わる資材の選択におけるライフサイクルコストの評価 B.エネルギー節約 1.シドニー・オリンピックパークとシドニー港との人的輸送のためのフェリー運航 2.遠隔駐車場からのバス停留場及び電車駅までにシャトル運行 3.公共交通機関の停留場から自転車および歩行者専用道路の設置 4.太陽熱の有効利用(太陽熱を利用した建築デザインの活用) 5.断熱材と自然換気システムの使用 6.再生可能なエネルギー源の最大限活用 7.自然光を最大に活用した高効率の照明システムの導入 8.省エネルギー機器(エネルギー効率性の高い)の使用 9.再生品若しくは再生可能な建築材の使用 10.省エネルギービル管理システムの導入 11.ビル内の未使用空間における空調自動遮断システムの導入 C.水質保全 1.公共及び産業教育プログラムを通じた持続可能な水源管理システムの促進 2.水質の保全とリサイクル 3.水の実際供給コストを反映した価格政策の導入 4.雨水および排水のリサイクル 5.水の使用量を節約できるような植林など造園デザインの導入 6.手洗いの二重排水装置、水節約型シャワー器など水節約機器の使用 7.水節約型食器洗いや洗濯機の使用 8.リサイクル容易な廃水集積デザインの導入 9.水の再活用を高めるための農薬使用の最小化 10.廃水から汚染物質の除去のため人工湿地などの活用 D.廃棄物の回避および最小化 1.適切な材料・器具などの使用を通じた廃棄物抑制・回避の実践 2.共同購入および廃棄物管理政策の開発のためのスポンサーと供給業者の協力 3.廃棄物リサイクルの実践−廃棄物リサイクルステーションのカラーコード化、有機廃 棄物のコンポスト化、再生紙の使用 、廃棄物発生抑制の公共教育など E.大気・水・土壌質の保全 1.毒性物質を含んでいない断熱材、ペイント、糊、光沢材、溶剤などの使用 2.ペイント、カーペット、糊、害虫除去活動などからの毒性物質放出の最小化 3.化学的害虫管理手法導入の抑制 4.CFC、HFC、HCFCを出さない冷媒の使用 5.無鉛燃料の使用 6.PCBs、PVCなど塩素含有資材の使用抑制 7.建設期間中オリンピック公園近くのマングローブ、河口と塩湿地域の水質保全 8.オリンピック・サイトとして再開発された工業地域の汚染度検査 F.主要自然・文化環境の保護 1.オリンピック・サイトと隣接した原生灌木林、森林、水路などの保護と保全 2.国際保護条約上に絶滅のおそれのある動植物の保護 3.野生動植物の棲息地、地域固有の植物群の保護のための造園プログラム 4.湿地の修復 5.リクリエーション地域と保護地域間の緩衝地の設定 6.自然生態系の保護のための管理計画 7.マングローブ生態系への影響を最小化 G.オリンピック・イベント 1.オリンピック参加企業に対する政府・環境セクターの教育支援 2.各参加組織のサポートのための新技術に関するデーターベース化とその提供 H.商品供給 1.商品供給契約に参加する企業に対する環境情報−商品の製造・使用・廃棄過程における環境負荷の抑制のための−の提供 2.製品寿命の短期化や過剰包装により発生する廃棄物の回避 3.環境と動植物に有害な物質の使用禁止 4.再生品やリサイクル容易な材料の最大限使用 5.可能な限り自然繊維で作られた制服(Promotional Clothing) 6.可能な限り製品の包装紙などに環境保護に関する教育用のメッセージを印刷 I.Ticketing 1.イベントへの入場時、公共交通と連携したTicketing システム 2.毒性のないインクと再生紙及び再生可能な紙を使用したチケット J.飲食供給 1.適切な健康基準を満たした範囲内での飲食物の最小包装 2.再生可能なもしくは再使用可能な包装 3.再使用可能なナイフと食器の使用 K.廃棄物管理 1.廃棄物の最小化とリサイクルの最大化 2.選手、事務職、マスコミ関係者、観衆に対する正しい廃棄物処理に関する教育広報 3.リサイクル促進のため分別しやすい包装の採用、資源ゴミの収集ポスト確保 4.リサイクリング用の容器(Recycling bin)の設置 5.ゴミ(特に紙)減量のための電子掲示板の活用 6.化学製品、フイルム、その他写真関連資材のリサイクルや廃棄の適正なプログラム L.交通 1.オリンピック関係者及び観衆を効率的に輸送する交通戦略の樹立 2.最小限のエネルギー消費と汚染排出が保障される交通システムの確保 3.公共交通機関をメインサイトから各イベント開催地までの唯一の手段とする 4.パーク・アンド・ライドを促すために鉄道、フェリー、バス停留場の近所に駐車施設の設置 5.指定区域内ですべての公共交通機関が利用できるような特別チケット制度の導入 6.入場券と公共交通機関の同時利用チケットの販売 M.騒音対策 1.騒音発生の最小化のための騒音抑制技術の採択 N.その他 1.交通における身体障害者への配慮 2.安全要員及びボランティアによる観衆管理訓練 N.その他 1.交通における身体障害者への配慮 2.安全要員及びボランティアによる観衆管理訓練 <参考図:シドニー・オリンピック・サイト> |
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