2000年8月31日作成
第4日目 どんな学生だったか?(続き)
「それで、授業以外の話しなんですが、アパート住まいだったわけでしょう?」
「入学して最初の2年間は、6畳の部屋に間借りしていました。トイレ共同、風呂無し。まだ、当時は銭湯がたくさんありましたから、そう不便には感じませんでしたが。3年になるときに、アパートに移りました。四畳半が二間続き、トイレ付きという物件でした。これには大学院時代も含めて4年ほどいたんですが、このアパートが隣にできた病院に買い取られることになって、この近所の別のアパートに引っ越しました。これは2DKで一人で暮らすにはじゅうぶん広かったですね。でもここもお風呂は無し。」
「大学にはどうやって通っていたんですか?」
「ほとんど自転車でした。最初の2年いたところも、その後で住んだところも大学まで自転車で10分でした。」
「雨が降ったらどうするんですか?最初の家は、バスも路面電車も近くに停留所があって、大学までやっぱり10分くらいで行けたんですが、その後のアパートが不便だったんですよ。近くにバス停はあったんですが、大学を通らずに中心街に行く路線でした。その点では便利だったんですけどね。」
「雨が降ったら大学に行かないとか?」
「いや、まあ、そんなことは...」
「食事なんかはどうしていたんですか?」
「最初の家は台所がなかったので、全部外食でしたね。あとのアパートは台所がついてましたけど、それでも外食が多かったです。」
「大変じゃなかったですか?」
「別のところで話しましたが、広島大学というのはかなり大きな大学で、生協も充実してました。食堂も、とにかく、ずっと大学に居続ける人たちもあるわけですから、朝、昼、晩とサービスしてくれるわけです。定食なんかだと毎週それぞれの食事について栄養価とかカロリーとかを発表しているといった具合で、そのあたりは便利だったです。それに安かったですし。一食300円くらいだったと思いますけどね。だいたい、今でもあんまり食事に凝る方ではないですから、まあ、ありがたかったですよ。」
「アルバイトとかもやっていたんですか?」
「ほとんど家庭教師でした。全部で、学部時代に2人、大学院の時に2人、勉強を見ていました。あとは、塾の先生とか、大学院の時は予備校の講師とかやってました。」
「サークルとかは?」
「ギタークラブに入って1か月でやめました。」
「サークルに入らないと、友達とか出来ないんじゃないですか?」
「大学の時はクラスが34名で、特に専門の授業を受けるようになってからは、みんな一緒の時が多くなりましたし、いろいろとクラス単位の行事もあって、そのとりまとめなども忙しかったので、それがサークル活動に当たるのかなあと思います。クラス単位で学生用の控え室があって、そこで集まって遊んでました。」
「控え室っていったって、教育学部だけでもたくさん学科があるわけでしょう?それぞれがそんな部屋を持っているわけですか?」
「学部用と大学院生用とそれぞれ学科別にありました。国立大学のおおらかなところというか贅沢なところでしょうね。」
「聞いていると、サークルに入っていたわけでもなし、アルバイトに精を出していたわけでもなし、クラスの活動はあったにしても、他には何をしていたんですか?」
「何をしてたかって言われてもねえ...本を読んだり、映画を見たり、勉強したり..でしょうね。これも前に話しましたけど、僕は大学に入ったら自分で好きな勉強をしたいと思っていたんですよ。受験勉強とかではなくて、自分で将来英語の先生になるのに必要なことを含めて、勉強をしたいと。だから、英語も勉強しましたし、教育関係の勉強も、授業に出るとかそういうことは別にして、自分で一生懸命やったと思います。」
「なんか受験勉強に怨念があるようですが?」
「あの時には、自分がやりたくもない科目を、テストの点数だけのためにやらされているようで嫌悪感があったのは事実ですね。とにかく、現役で大学に入りたかったですから。もう一つ受験していた私立大学に合格したときに、もう受験用の参考書を全部始末してしまいました。ただ、今となっては、あの時にやっていた数学とか、日本史や世界史(まあこれはもともと好きだったんですが)、現代文とか古典とか、そういうものは無駄ではなかったと思うんですけどね。数学なんか、研究者になって、統計法を勉強しなくてはならなくて、そのときに行列、数列なんかにもう一度お目にかかったんですが、さんざん高校の時にやっていただけにすぐにわかりました。今でもよかったと思います。」
「今から振り返って大学の時について何を思いますか?」
「贅沢な時間の過ごし方をしていたんだなあと...その時は毎日それなりにあたふたしていて、忙しくしていたはずですが。もちろん、「過ぎてしまえばなんでも懐かしい」とか、「時はいつもやさしいお友達」とかのレベルの話しでもありますが、自分の今の核になる部分が、まあ全部ではありませんが、できたということでしょう。」
「すっかり年を取ってしまったような人が言うような話しですね。」
「20年が過ぎてしまったわけですよ。これから20年たったときに、今の時代を振り返って、それはそれで何か強烈なものが残るはずですが、ただ、その時には、思い出して、だからどうしようとしても、もう時間が残っていないですね。大学時代のことは今こうして思い出しても、まだ、がんばれる時間を持っているわけです。だから、あの時の思い出というのは、質がちょっと違うのかなあと...」
「話しのわけが分からなくなってきてませんか?」
「いや、だから、大学の時になんでも一生懸命やっておきなさいという話しに持っていこうとしていたんですが。」
「それはまた別の機会に話してもらいます。でも、大学時代に限らず、年は取っても、その時その時でベストを尽くす、ということだって言えるでしょう?ところで、例の締切はどうなっているんですか?」
「「例の締切」って言われても、15件くらいは検索にかかってきますがね。どれのこと?」
「...」
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