2002年の書評

2002年10月 8日 更新

自宅のページへ戻る
ホームページのトップ戻る

 2002年の書評です。2003年の書評はこちら。2001年の書評はこちらです。

 2002/10/ 8 New
夏目漱石(1929)『坊ちゃん』岩波文庫
 昔『坊ちゃん』は読んでいたが、中日新聞に最近連載されているのを知って、また読みたくなってamazonで取り寄せた。『坊ちゃん』では、漱石の文章は歯切れがよくて、読んでも気分がいい。ストーリーの展開も鮮やか。しかし、家族からも離れ、最後には坊ちゃんを愛して信じてくれた下女の清も死んでしまう。坊ちゃんは淡々とそのことを書くが、この小説は悲しい物語でもある。平岡敏夫の解説もよかった。
 坊っちゃんの啖呵で気に入ったものを、「気になる言葉」に載せた。

*9月下旬に鉄道関係の本のフェアに出くわして、4冊まとめ買いした。その本の感想。
 2002/10/ 8 New
勝谷誠彦(2002)『勝谷誠彦の地列車大作戦』JTB
 JTBの『旅』に連載された「カツヤの鉄ちゃん修行 地列車を狙え!」をまとめたもので、勝谷が『旅』の編集部の指示に従って全国のローカル列車を乗り歩く企画。各地のローカル色溢れた鉄道の話しと、沿線の渋い見どころなどが勝谷の文章に並ぶ。「鉄ちゃん」というのは「鉄道マニア」の蔑称。その中でも筋金入りの鉄道マニアの事を「筋鉄」と言う。私も「鉄ちゃん」の一人である。
 勝谷誠彦はジャーナリストとして有名。少々癖があり、酒が大好きで、文章は上手だと(私は)思う。
 この本は普通の人にもお勧め。

 2002/10/ 8 New
川島令三(2002)『新線鉄道計画徹底ガイド新幹線編』山海堂
 現在建設中あるいは計画中の新幹線のガイドブック。実は、この年末に東北新幹線が八戸まで伸びるのだが、来年の春には鹿児島−新八代間も開通する。その工事の事が詳しく書いてあったので買った。川島は『全国鉄道事情大研究(シリーズ)』で名をあげた鉄道ジャーナリスト。体中すべて鉄分でできている究極の鉄道オタクである。特徴は徹頭徹尾より速くより遠くまで鉄道を敷け!という主張である。この本ではそれが徹底的に追及されていて、基本計画線(取りあえず地図に書き入れてあるだけの新幹線)まで丁寧に解説している。ただ、在来線と新幹線の両方を走ることのできるフリーゲージトレインの可能性を高く買っているのが目についた。
 鉄道オタクの人には持っていて損のない本です。

 2002/10/ 8 New
須田寛(2000)『東海道新幹線:写真・時刻表で見る新幹線の昨日・今日・明日』JTB
梅原淳(2002)『新幹線の謎と不思議』東京堂出版
 現在の新幹線の仕組みや運用方法などがわかる2冊。須田(2000)は、JR東海の社長が著者になっているが、これは準公式の東海道新幹線の紹介本と言ってもいい。当時の写真や新聞記事なども多く、これまでの歴史がよくわかる。梅原(2002)は問いと答えの形式で新幹線を解説している。この人は別に鉄道だけのことを扱っているわけではないようだが、この本を見る限りかなりよく調べている。両方とも鉄道オタク必携でしょう。

 2002/ 9/26
宮脇修一(2002)『海洋堂の発想』光文社新書
 海洋堂はチョコエッグで有名になったいわゆる食玩を作っている会社。と言うと誤解を招くが、いろいろなフィギャアを作っている会社である。そこの2代目若旦那が海洋堂のこれまでの歴史とか発想法とかを書いた本。
 この会社は半端な会社ではなく、最初はプラモデルを売っていたのだが、そういうものを作るのが好きなマニアが集まり始めて会社になった。とにかく自分たちにしかできないものを作る、という点で徹底していて、さらに驚くのは、集まっている造形師という職人の腕がものすごい。それにみんな「濃い」人たちばかりである。一冊読んで圧倒されてしまった。

 ただ、海洋堂の社内はブクブクと摂氏二百度ぐらいに沸騰しながら仕事をしています。
 「ぬるい」のは嫌いです。うちの造形師の中で、誰ひとりとしてデザインや造形の専門の勉強をした人間はいません。ただ、模型が好きなだけ。食の好みもなく、酒も飲まず、結婚もせず、ウチの誰かがどこかで言っていましたけれど「ぼくら、手にしか脳みそがない」。ほんやまな、と。(p.192)

 2002/ 9/24
俵万智(1992/1995)『恋する伊勢物語』ちくま文庫
 俵万智は『サラダ記念日』で有名な俳人。この本は、俵万智が『伊勢物語』の現代語訳を出版する仕事の際に行間を書きとめる、という感じで書いた、いわば『伊勢物語』の解説書である。しかし、さすがは俵万智。文章が柔らかく、『伊勢物語』の解説にはうってつけである。
 もともと、ソニーファミリークラブで毎月送ってくる古典シリーズがあって、今月は『伊勢物語』だった。CD2枚で本文の朗読と解説が入っている。収録されていたのは、第1段「初冠」、第4段「春や昔の」、第23段「筒井筒」、第83段「小野の雪」で、おもしろかったので、ほかの部分も全部原文を読んだ(もちろん、訳文を見ながら、ざっと読んだだけだが)。そのついでに、『恋する伊勢物語』も読んでみたのである。
 それにしても俵万智も言っているが、高校の時にはさっぱりだった古典が今になっておもしろい。

 2002/ 8/20
池 東旭(1997)『韓国の族閥・軍閥・財閥:支配集団の政治力学を解く』中公新書
池 東旭(2002)『韓国大統領列伝:権力者の栄華と転落』中公新書
 『韓国大統領列伝』は韓国の戦後史を大統領ごとに綴ったもの。韓国は戦後、現在の金大中大統領まで8人の大統領が歴任した。韓国では歴代の大統領に対して毀誉褒貶が激しく、特に退任後に安泰な生活をした人はいない。この理由なども含めて著者は説明している。韓国現代史を知るのに便利な本である。個人的には朴正煕の部分に興味が持てた。
 池(1997)の方は、本としてはあまり盛り上がっていない。『韓国大統領列伝』を読むとこれらの2冊分の価値があるのでは。

 2002/ 8/19
池谷裕二(2001)『記憶力を強くする:最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方』講談社ブルーバックス
池谷裕二・糸井重里(2002)『海馬:脳は疲れない』朝日出版社
 池谷氏は30代前半の新進気鋭の薬学博士で、脳の記憶の仕組みを研究している。池谷(2001)では、最新の脳科学からわかってきた脳の仕組みをわかりやすく解説している。その中心にあるのは、海馬である。脳の中心に位置し、脳神経の中で唯一増殖する細胞を持つ。なぜ、こんな器官が生物にはあるのか、という話から、人間の脳の鍛え方まで、話が展開していく。「頭がよくなる薬」はすでに見つかっている!という話には驚いたが、脳の仕組みの話しはやはりいつ読んでもスリリングだ。

 こうしたことからも、脳が記憶するときには、記憶の対象となる「事象」を記憶するだけではなく、事象の「理解の仕方」も同時に記憶していることがわかります。「法則性」を見つけ、理解することが、記憶において重要なポイントであることはすでに述べましたが、ひとつのことを記憶すれば自然と、ほかのことの法則性を見出す能力も身につくというわけです。つまり、記憶には相乗効果があるのです。したがって、多くのことを記憶して使いこなされた脳ほど、さらに使える脳となります。使えば使うほど消耗され故障が増えてしまうコンピューターとは違って脳は使えば使うほど性能が向上する不思議な記憶装置なのです(p.216)。

 それで、この話を対談にしたのが池谷・糸井(2002)である。この本は糸井の話の上手さで池谷を引っ張っていると感じがするが、内容は池谷(2001)を踏襲している。こっちもおもしろい。

 2002/ 8/19
ジョナサン・ルイス(2002)『ブロードバンドで学ぶ英語』光文社新書
 インターネットラジオのガイドブック、という本。簡単なカタログ程度のことではなくて、きちんとインターネットラジオを使った勉強法なども説明している。
 しかし、やはり第4章のガイド編がいちばん役に立った。

 2002/ 6/20
川端裕人(2002)『夏のロケット』文春文庫
 主人公は高校の時に仲間たちとロケットを打ち上げることに熱中する。結局17回打ち上げたロケットは成功とは言えない結果に終わり、仲間たちはそれぞれの道に進んだ。しかし、ある時に、再びその仲間が集まり、もう一度ロケット打ち上げることになる。別に青春の夢を一途にみんなが追いかけたわけではなく、それぞれの思惑があって集まっていたのだが、青春の時に考えた人生はそういうふうに実現していくものかもしれない。
 主人公たちは最終的には火星に行きたい。

 たしかに火星はぼくの夢の惑星なのだ。
「オレたちはまだまだ時間はある。とにかくやってみることだ」
 北見の言葉がやけに頼もしく響いた。(p.281)

 現在の宇宙開発の事情もときどきストーリーの中に出てきて、そんなことに興味のある人には楽しいだろう(いや、自分のことだが)。

 2002/ 6/20
 許光俊vs鈴木淳史(2002)『クラシックCD』洋泉社新書
 クラシックのCDの批評集。なのだが、名盤を集めたものとはちょっと違う。もっとも、最近は従来のような、モーツアルトのクラリネット協奏曲でいちばんいい出来のCDは何か、とかいった音楽批評家というような人が投票をして、あれこれいうのははやらず、独断と偏見でいろいろ好き勝手に話すというのがいいようである。この本は、まったくそういうつくりになっていて、読んでみると、もう大変という楽しい本である。
 鈴木淳史氏はこれは同じ洋泉社新書から、『クラシック名盤ほめ殺し』『クラシック批評こてんぱん』『クラシック悪魔の辞典【完全版】』がすでに出版されている。どれも頭に染みわたるような毒がいっぱい。

 2002/ 1/29
大島希巳江(2001)『世界をわらわそ!』研究社
 英語落語の海外公演を実現するためのいろいろな経験を書いた本。著者の大島氏は大学が米国の大学を卒業しており、日本では落語を落研などでやっていたわけではない。現在の専門が異文化コミュニケーションや社会言語学で、ユーモアを研究していて、そこから落語の世界に入り込んでいったとのこと。
 「落語の世界を完璧に伝えられなくても、最初から全く伝えようとしないよりはましではないか。」という元気がいいなあと思った。
 本の最後にふろくとして英語落語5話が載っている。

 2002/ 1/29
安藤忠雄(1999)『建築を語る』東京大学出版会
安藤忠雄(2001)『連戦連敗』東京大学出版会
 安藤忠雄の東京大学大学院での講義をまとめたもの。彼自身のこれまでの作品の背景思想を述べたもの。『連戦連敗』は彼が参加したコンペの記録も含まれる。建築には全くの素人なので、本の中で説明されている建築については何も語ることはない。ただ、安藤氏の説明は簡潔でわかりやすく、自分の経験も交えているので興味深い。安藤氏は高校卒で建築の仕事を始め、実績を積み重ねていった。その生き方が伝わってきて刺激的な本だった。

 2002/ 1/ 5
中村明蔵(2001)『隼人の古代史』平凡社新書
 南九州地方の古代史をまとめた本。
 「薩摩隼人」とちまたで言われる言葉が誤解されているという指摘から、大和政権の成立とハヤトの関係、律令体制への組み込みの過程を解説している。『古事記』や『日本書紀』に見られる天孫降臨神話に読みとれる、ハヤトの懐柔の歴史、また、遣隋使の航路などから見られる朝廷とハヤトの関係などがおもしろい。
 筆者は南九州地方の気候や地質などから、朝廷が強制した律令制度は、ハヤトにとって苦難以外のものではなかったと指摘する。
 よそから来た支配階級によって民衆が苦しめられるという構造はその後も続く。島津藩の支配体制ももともとは鎌倉時代から南九州地方に入った武士階級である。特に江戸時代に成立した外城による支配制度は、明治維新を経て、間接的には終戦まで続いた。その構造は同じ著者の次の本に詳しい。

中村明蔵(2000)『薩摩民衆の構造』南方新社

 この中で、いかに薩摩藩の民衆支配が過酷であり、その結果、民衆に対して全く情報を与えず、民衆が自分で判断する力を奪ってきたことが述べられている。明治維新で活躍した人々は薩摩藩の下級武士であったが、それが民衆とは遊離したものであったとされる。戦後になってようやく平等意識が芽生え、かつての武士階級の文化が市民の手にわたるようになり、一体感が生まれている、というのが本の結びである。

 中村氏は高校時代の恩師。中村先生は授業で特に熱くなることもなく、飄々と日本史を語られた。ときどき古代史の実地調査の時のエピソードや歴史のちょっとした流れについて同じ口調でお話ししてくれた。高校生の時にはそんなものかと思っていたが、今になって考えると歴史の筋道のようなものが授業にしみ込んでいて、日本史の構図をしっかり理解させていただいたのだと思う。

自宅のページへ戻る
ホームページのトップへ戻る